社会人になること、それと本当の親孝行

①社会人、働く、それは金のため

 社会人になることは、簡単に言えば働くこと。働いてお金をもらうこと。そのお金は自分や自分の家族が生活するために必要だよね。お金がなければ食べることもできないし、スマホだって買えない。お金は天から降ってくるわけじゃないしね。

②嫌な事ばかりだった少年時代

 でも小さい頃は、どうしても親に支えてもらえなければ生きていくことができない。人間の寿命って、大抵は他の動物より長いから、成長もゆっくりと年月をかけていく。20歳になれば成人式があるけど、20歳までは子どもということなんだよね。親は選ぶことができないから、いい関係じゃない場合もあるかもしれない。なんでこんなクソ親の元で生まれたのか、とか思うことも正直に言えばある。俺もそうだった。親父はアル中だったし、時々酒を飲み過ぎた時はお袋を泣かせてたから、こいつぶっ殺したいと思ったよね。裕福な家庭じゃなかったし、経済的には本当に苦しかった。こんな家、出ていきたいと思ってたね。当然、中学くらいになれば、悪い奴らとつるむようになって、高校の時は友達の家に入り浸ったりして、家にいたくなかったしね。なんで帰りたくなかったかというと、絶対親とケンカになる。親父とは殴り合いもしたし、ひどい言葉を言ってお袋も泣かせた。

③反抗期が終わって、働いて

 それから何年か経って、俺も落ち着いてきた。今から思うといわゆる反抗期だったと思う。反抗期は正常に成長している印ということも本で読んだことがある。体が大きくなると、心はバランスを取ろうとするけど、成長期だからその変化についていくのが実は難しいらしい。だから心が揺れながらもバランスを取ろうとするらしい。そんなわけで高校時代はやんちゃをしてたから、大学には行かなかった。卒業して働き始めたけど、本当に大変だった。社会人になるのは嫌なことも辛いことも受け入れないといけない。きついこと言われてもキレる訳にもいかないしな。グッと我慢することの連続だった。

④死、そして知らなかった親父のこと

 社会人になって何年かたった頃、親父が死んだ。ガンだった。あんな親父だったけど、俺はちゃんと向き合って話したことはなかったと思う。親父がどんな人生を歩んできたのか、あるいはなんでそんなに酒を飲むようになったのか、社会人としてどんな経験をしてきたのか、とか。今では聞きたくても聞けない。当たり前だけど、死んだら話すことはできない。それにあんな親父だったけど、昼間は社会人だったけど、稼ぎが少ないから、俺が小さい頃はお袋と一緒に新聞配達をしていた。完璧な両親ではなかったかもしれないが、俺を育てることに関して、二人は協力していた。だから離婚はしなかったとお袋が最近言っていた。

⑤本当の親孝行って?

 生きている間でなければ親孝行はできない。何もハワイ旅行に連れていくことだけが親孝行ではない。時々、家に帰って、顔を見せること。そこで色々な話を聞くこと。親は人生の先輩だから、一人の人間として、どんなふうに生きてきたか、何を大切にしているのか、そんなことを聞くチャンスでもある。アメリカ人みたいに「愛している」と大げさに言わなくても、そんなささやかな親との時間を過ごすことがお互いが縁を切ることができない仲として、大切なんじゃないかと思う。親孝行は生きているからこそできる。当たり前だけど、時間からいったら親の方が早く死ぬ訳だから。後悔する前に、ちゃんと親孝行した方がいいに決まっている。